【えんやこーら】 ※ 毎週末更新 ※
《『えんやこーら』とは》 2011.3.11の震災後、「頑張れ」の言葉が被災された方々の心を痛めていたので、誰かの為に自分が尽くすという意味で「えんやこーら」と言葉を変えて活動しています。 有志小団体としては2011.11月に赤い羽根共同募金様から助成金をいただき、2013年4月まで活動していました。現在は個々で活動しておりますが、「復興の土台作る!」という志は変わりません。宜しくお願いします。 記事はコチラ → えんやこーら岩手支部記録(316)

2017年02月27日

トークショーに行ってきましたA

昨日の続きで今日もトークショーのレポ、メモ3ページ分をUPします。
おろしたてのボールペンからインクが何度か塊で出てきてしまい、指についてしまったので拭こうとしたらもっと汚くなるというハプニングを乗り越えながら書いたものはこちら

  ↓

【大谷パパトークショー】

小学生の頃は長女と一緒に水泳を習っていた。
選手レベル≠ワで行っていたが、野球の方が好きだったので水泳はやめた。
水泳は肩の可動域や背中の可動域に影響があったと思う。

大谷ママは試合をいつも観に行って陰ながら応援していた。
実際に見ないと分からない部分って少なからずあるので、翔平少年としては「見てもらってるから頑張る!」という意識があったと思われる。
ママは野球のルールに疎かったが、観に行く事で詳しくなった。
何があっても叱らず励ましていた。
家族でテーブルを囲んで食事し、試合の話もした。
親子のコミュニケーションをとる事が大事である。

***** 指導者(パパ)と子供(翔平)の立場 *****

監督としては自分の子だという事で贔屓は絶対にしたくなかったので、他の子供達を育てていた。
コーチ・父としては言葉遣いを教育してメリハリをつけていた。
(子供としては「パパなのにどうして敬語を使わなきゃないの?」というのと「さっきは敬語だったのに家に帰ったら普通に話していいのは何で?」「何でパパは厳しいんだろう・・・」というのが多少あったんじゃないかと言っていた。確かに・・・)
ルールを作って徹底していたが、父としてそれが良かったかどうかは分からない。
子供に対してそう接していた事には後悔しているそうだ。

今は新聞やTV・ネットなどのメディアで息子の情報が自然に入って来る。
父としていろいろ心配で電話したりメールをするも全く返事はない。
「アイツ何やってるんだろう・・・」と、パパとしては面白くない。
ただしママのメールには返事が返ってくる。
面白くない!(会場 笑)
TVでは「素晴らしい子」と映ってるようだが、家ではあまり話をしない。
高校時に反抗期はなかった(そもそも寮生だから分からなかったのかもと私は推測)
もしかして今が遅れてきた『大人の反抗期』なのか?!(会場 笑)
報道されているように、今は怪我が心配。
翔平には1年でも長くプレイして、ジュニア世代の子供達の目標になって欲しいし、その姿を見て野球する子が増えて欲しいと願っている。

才能を感じる事はあったか、との質問には、やはり指導者としてたくさんの子供を見てきたので一目で分かる部分はあるとの事。
ただ1人1人成長に早い遅いはあるので見極めは大切だと言っていた。

最近帰省してきたのはいつ頃か、との質問に、花巻東高等学校 創立60周年記念式典が行われた昨年12月23日と12月30日に北上市に用事があって日帰りで帰ってきたとの事。
TVとは違い、家では極々普通の子供。
家ではやっぱり無言で話しかけても返事は帰って来ない。
父として一度説教したいと考えているそうだ。
ドームに行って呼び出しても出てこない。
コーチと生徒の関係がまだ続いていて、関係にヒビが入っているのか分からない。
たぶん「面倒臭い」と思ってるんじゃないか、と言っていた。


お父ちゃんとしては寂しいだろうな・・・。
Bに続く。

posted by イワガタ at 23:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 大谷翔平君関連 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/447401371
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック