【えんやこーら】 ※ 毎週末更新 ※
《『えんやこーら』とは》 2011.3.11の震災後、「頑張れ」の言葉が被災された方々の心を痛めていたので、誰かの為に自分が尽くすという意味で「えんやこーら」と言葉を変えて活動しています。 有志小団体としては2011.11月に赤い羽根共同募金様から助成金をいただき、2013年4月まで活動していました。現在は個々で活動しておりますが、「復興の土台作る!」という志は変わりません。宜しくお願いします。 記事はコチラ → えんやこーら岩手支部記録(472)

2020年09月20日

四十九日法要

本当は明日が父の四十九日にあたるのだが、早すぎず遅すぎずの本日、四十九日法要が行われた。
久しぶりに朝から夕方まで人の出入りがあってバタバタした。
昨日は腹痛、今日は午後から片頭痛で、何でこういう時に体調悪くなるのかなと苦笑いである。
(動けない程ではないので、話聞いてるようで聞いてない母に代わって相変わらず私が指示しながら動き続けている)

新型コロナ感染拡大防止の意味も含め、身内だけの極々少数での法要となった。
葬儀の際の、草履薄皮事件があったので、今回も『母が』何かやらかしそうだと思っていた。
和尚様がお経を唱え、焼香開始と同時にそれは起きた。

記憶にあるマナーとして、和尚様の後ろを通って祭壇向かって左端で和尚様に一礼
  ↓
焼香台前で、ご本尊、遺影、位牌に一礼
  ↓
右手でお香をつまみ、軽く左手を添えて額にあてるようにして念じてから焼香
  ↓
1度目に焼香したお香のそばに2度目・3度目の焼香(2度目以降は横にスライドする形で焼香)
  ↓
数珠を手にかけて合唱
  ↓
祭壇向かって右端で一礼し席に戻る

だったと思うのだが、母はいきなり右側からショートカットする形で祭壇に向かって行った。


えええええ・・・


と思ったのだが、弟も続いてしまい、私だけぐるーっと遠回りするわけにもいかないと思って

すみません
すみません

というお詫びのおじぎも含めながら拝んだ。
(他の人よりおじぎ回数多かったはず)
法要が終わり、位牌や遺影などを持ち帰る為に布で包む際、絶対に下に置くなと言われてるのに母は遺影を思いっきり床に置いた。
これにはさすがの弟も

「ダメだって!」

と声を上げて遺影を持ち上げた。

食事会も家族と伯母の4人+お世話になった方々へ折詰弁当という形をとらせてもらった。
父には父の特別なメニューのお膳を用意した。
事前に「故人の好きだったものを教えて下さい。サービスで1品つけます」との事だったので、メモ程度に

桃 洋なし たこわさの寿司(←ホントはコレが本命だった)

と書いておいていた。
却下したものとして父が好きだった食べ物は

かりんとう アクエリアス 焼酎紅乙女 ヤクルト 焼きイカ(マヨネーズで食べるのが大好き) ローソンのおにぎり・鮭ハラミ(海釣りで必ず買っていた) 稲荷ずし

などもあった。
これはー・・・
一段落したので、これから仏壇の方に少しずつ置いていこうと思う。

お任せした結果、洋ナシ2個が届いた。
洋ナシもね・・・実は陸前高田・産直はまなすで売ってる「ビーチ」という品種が大好きだったんですよ・・・
なんて細かい指定は出来ないし。
父が産直はまなすに行った際、自分で食べたいと思って買ったものがコレだったので、毎年買っていたのである。

さて
2ヶ月ぶりの部屋、作業していた机に遺骨も遺影も戻った。
父もきっと落ち着けるだろう。


父よ・・・

渡哲也さん
斉藤洋介さん
岸部四郎さん

たぶん空のどこかの道で見かけると思うよ。
それにしても個性的な俳優さんが続けて亡くなってるなぁ。
posted by イワガタ at 22:10| 岩手 ☁| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする
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